979842 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

Selfishly

Selfishly

愛は勝つ!


   ~ 『愛は勝つ!』~



 お出かけ前の慌しい朝。 エドワードは朝食の準備やら、出かける準備やらと、
クルクルと動き回っていた。
 が、肝心の相手は、いつまで寝ている気か、置きだしてくる気配もない。
「ったく~、いつまで起きてこないつもりだ!
 俺より先に出なくちゃいけないのにぃ」
 態と騒々しい足音を立てて、起こすべき相手が居る部屋へと歩いていく。

「ロイー! 起きろー、時間だぜ、時間!」
 バタンと大きな音と共に扉を開け放ち、薄暗い部屋の置くに、
こんもりと山になっているベットへとザカザカと歩き近づくと、勢いよくシーツを剥がしにかかる。
 勢いよくシーツを引いたはずなのに、シーツを身体に巻きつけているのか、
ベットから剥がれてくれない。
「ロイー!! いい加減にしろよ! いつまで拗ねてるつもりだよ!」
 相手の往生際の悪さに、とうとうエドワードの癇癪玉が落ちる。
 そうすると、シーツに包まった相手は中で、ボソボソと言葉を返してくる。
「……」
「えっ? なんて? もう! もっとはっきりと話せよ」
 聞き取り難さに眉を顰め、屈むようにして耳を澄ます。
「… 一人でなんて…行きたくない…」
 そんな不貞腐れた言葉が耳に届くと、エドワードは大業に息を吐き出して、ガックリと肩を落とす。
「もう! いつまでそんな事言ってんだよ、仕方ないだろ?
 ほらほら、諦めて用意しないと、ハボック少佐が着いちまうじゃないか」
 ホラホラと人影を揺するが、まるで蓑虫のように包まった相手は、頑として動こうとしない。
 エドワードはそんな相手を見下ろして、深くため息を吐く。


 ロイがここまで頑ななのも、まぁ仕方ないと言えば、仕方ない事なのだ。
 ロイはこれから3日間、東方の地方都市の査察に出かける事が決まっている。
 査察と言っても、復興の度合いの確認も兼ねての気の置けないもので、
 戦争の被害から立ち直り発展の著しい街の市政者が、お礼がてらロイを招待してくれたのだ。
 街の再興と復興に協力を注いでくれた軍の司令官に、ぜひ街の発展振りを見て欲しいと言う
 市民の要望は、大変嬉しい招待で、査察にロイを指名してきたことも、
 ロイや中間達にとっても、誇らしい事でもある。
 査察期間中は、昔からの風物詩の祭りも開かれており、その祭りもぜひ楽しんで言って欲しいとの計らいだ。
 忙しい職務の彼では有るが、市民との親睦を図ることには、軍のお歴々も異存はないらしく、
 「代わりたい…」とぼやきながらも、ロイとロイの部下への招待を認めてくれたのだった。
 
 最初は日程的に眉を顰めていたロイだったが、ふと思いついた事に、その後はスケジュールの調整の為に、
 それこそ馬車馬のように働いて、3日間の日程を組み込んだのだった。
 
「エドワード、これから1週間ほど司令部に缶詰になるんで留守を頼む」
 と、同居人(ロイは同棲と言い切るが)に話して来たのが、十日ほど前。
「えっ? 何か事件でも発生したのか?」
 自宅のリビングで寛いでいた時の、いきなりのロイの発言に、目が大きく瞠られる。
 その真ん丸な瞳の中に、自分の姿が映し出されている、そんな小さな発見を喜びながら、
 ロイは心配そうに窺ってくる愛しい恋人の横に座ると、お気に入りの髪を優しく撫でてやる。
「そうじゃないんだ。 実は1週間後に査察が入ってね。
 それの調整に少し追われる事になりそうなんだ」
 そのロイの説明に、緊張を見せていた瞳が緩んで、なるほどと頷いてみせてくる。
「でね、その査察…と言っても、実は祭りへの招待なんだが、
 私の部下一同も誘ってくれていてね、君の席もあるんだよ」
 ニコニコと嬉しそうに告げた言葉に、先ほどとは違う驚きを返してくる。
「お、俺も!?」
「ああ、あちら側では何人でもと言ってくれてるんで、お言葉に甘えたと言うわけだ。
 丁度君も夏休みに入っただろ? 前回のように長期とは行かないが、
 少しでも夏休みを味わえればと思って。 どうかな?」
 
 ロイとエドワードが、互いの想いを認め合って数ヶ月。
 いくら一緒に暮らしているとはいえ、忙しいロイの職務の為に、
二人がゆっくりと時間を作れることなど、殆ど無いまま過ぎていた。
 学生のエドワードと、軍人のロイでは、擦れ違いも仕方がない事ではあるが、
 たまには時間を気にせずに、二人の時間を満喫したいと思っていても当然だろう。
 そんな処へ、渡りに船とばかりの招待が舞い込んだのだから、これに便乗しない手はない。
 普段なら、授業の関係を気にしなくてはいけないが、エドワードは丁度、
 グループでの研究も一段落を終えて、夏の長い休暇に入ったばかりだ。 
 時期的にはジャストタイミングでもある。
 
 そんなロイの誘いに、即座に笑みを浮かべたが、次には躊躇いと戸惑いを見せてくる。
「で、でも、任務に俺が付いていっちゃ、皆に迷惑じゃ…」
 彼らしい気遣いに、ロイは安心させるように話を続ける。
「いや、今回は任務と言っても、祭りの招待がメインだからね。
 他のメンバーも、それぞれ思い思いに過ごすように薦めている。
 元の任務地でもあるから、同僚や友人と過ごす者や、祭りに繰り出す者やら、話が進んでいるようだしね。
 君が一緒に行ってくれれば、護衛も要らないと、ハボック中りは大喜びしていたさ」
 そのロイの言葉にホッとしたように、照れたように笑みを浮かべてくる。
「へっー、何か、楽しそうだな」
「勿論、楽しいに決まっているさ。 何せ、煩い上司のお守りは抜きでときてるんだからね」
 そんなロイの茶化した物言いに、エドワードがクスクスと笑い声を上げる。
「う・・ん、邪魔にならないんなら、一緒に行ってもいいかな」
 控えめに了承の返事を返してくるエドワードに、ロイは嬉しそうに顔を近づけ。
「新婚旅行みたいだね…」
 と、囁きながら、素早くキスを盗み取る。
「ばっ!!」
 真っ赤な顔で、グイグイとロイを押しやるエドワードの、予想どうりの反応に、
 いつまでも初々しい恋人の可愛らしさに相好を崩しっぱなしになるのだった。

 そんな事が十日ほど前。
 その後はロイの頑張りと執念か。 特に大きな事件や案件に邪魔される事も無く、
 溜まっている仕事をこなしながら、出発までの日々を、上機嫌に過ごしていた。

「何だって? もう一度、言ってくれないか?」
 出発が明日に迫り、調整も無事終わったロイが、久々に帰宅してきた夜。
「ご、ゴメン…。 明日から、研究の中間発表をする事になって…。
 で、そのぉ、俺、大学に行かないと、駄目になったんだ」
 恐縮しきった様子で告げられた内容に、ロイは驚きよりも、愕然となる。
 無表情に黙り込んでしまった相手に、エドワードは申し訳ない気持ちが込上げてくる。
「本当なら、学期明けに行われる予定だったんだけど、教授連の日程が上手く行かないらしくて、
 急遽、中間発表を行うって、さっき連絡が回ってきて…」
 上着を脱ぎかけたまま、自分を凝視して固まっている相手に、エドワードは必死で説明をしていく。
「グループ研究だから、そのぉ…リーダーの俺が居ないことには、皆に迷惑かけちまうし…」
 大学から出されたグループ課題は、今後の方向性を決めるためにも、かなり重要視されている必修科目だ。
 医療とはいえ、チームワークが大切になってくる。 個人の能力プラスの資質や協調性を問うためにも、
 必ず出される課題で、単位を落とせない研究課題でもある。
 必死に説明をし終わり、恐る恐る相手の様子を窺ってみるが、怖いことに眉一つ動かさない。
 そんな相手に、エドワードが堪り兼ねて、呼びかけてみる。
「ロイ…?」
 エドワードの呼びかけで、気づいたように動きを取り戻した相手は、無言の無表情という、
 大層物騒な気配のまま、黙々と上着を脱いで、腕に掛け持つと、短く言葉を告げてくる。
「研究発表は諦めなさい」
 言い放つと、取り付く暇もなく、自室へと足を向けて歩き出す。
「ちょっ!! 何言ってんだよ、今説明しただろ? 無理なんだって!」
 後を追うようにして、話しかけていく。
「無理な事はない。 君はもともとスキップで入ってるんだ。
 1年や2年、単位が足りずに延びたとしても、問題はないだろ?」
 部屋につくと、そんな返事を返しながら、さっさと部屋着に着替えていく。
「問題あるに決まってんだろ! それに、俺だけの問題じゃないんだぜ」
「無い。 他人に力を借りなければ出来ないような事なら、最初から身になどならないさ。
 自分たちだけでやらせれば良いだろ?」
「ロイ~、何のためのグループ研究なんだよ、それじゃ」
 着替え終わると、乱暴にクローゼットの扉を閉めて、背後にいるエドワードを無視して、
 部屋のベットへと歩いていき、ドサリと音を立てて、腰をかける。
 組んだ足の上に両肘を付いて、その手の甲に顎を乗せては、じっと座り込んでしまったロイに、
 エドワードは苦笑混じりに傍へと近づいていく。
 そして、完全に不貞腐れきっているロイの髪を梳きながら、なるべく優しい声で、心からの謝りの言葉を話す。
「ごめんな、折角頑張ってくれたのに。
 今回は駄目になったけど、次に一緒にいけるの、楽しみにしてる」
 そう告げると、ロイは渋い表情のまま見上げるように顔を向けると、顎を置いていた手を解いて、
 エドワードの腰にと回して引寄せる。 
「折角、碌に寝もしないで頑張ったんだぞ」
「うん、ありがとうな。 本当にゴメン…」
 胸元に顔を埋めるようにしがみ付いている男の髪を撫でて、応える。
「君と旅行なんて、ここ最近全然なかったのに…」
「…うん、俺も凄く楽しみにしてたから、残念だ」
「…一層のこと、大学を休止するよう指示するか…」
 本気でやりかねない物騒な言葉に、エドワードがこらこらと頭を軽く叩く。
「何、私事に走ってんだよ。 休みはまた取れるよ、俺らがずっと一緒にいる間は。
 だから、な? 今回は、ごめんな」
 暗に、これからもずっと一緒に暮らしていける事を含ませて伝えてやると、
 気落ちしていた相手の気持ちも、本の少し、僅かながらも浮上したようだ。
 漸く視線を合わせてきた相手の、余りにも情け無い表情に、思わず苦笑が漏れそうになるのを耐える。
 ここで噴出しでもしたなら最後、急降下する機嫌を直すのは容易なことではないのだから。
「な? また、今度連れてってくれよな」
 そう、甘く強請るように告げれば、相手も諦めたように大きなため息を吐きながらも、不承不承頷いてくる。
「全く…、君の懐柔する腕は、日増しに上がっているようだな…」
 悔しそうに零し、腹いせに囲んだ腕を強く引く。
「わっ! っとと、急に引くなよ、危ないだろ!」
 口では叱りながらも、引かれる力に逆らわずに、身体を預けると、とさりとベットに転がされる。
 エドワードに乗りかかり、胸元に伏せたロイからは、残り火のような小さな不満が呟かれ続けている。
「凄く楽しみにしてたんだ」
「うん、俺も」
「恋人らしいことは何もしてやれなかったから、今回こそはと色々計画もたてて」
「…それで、あのガイドブックの山か…」
 上着と一緒に持たれていたファイルの束を思い出す。
「向うに行ったら、普段させてもらえない手を繋いでの散歩とか、木陰で膝枕とか、
 人影に紛れてキスしてみたり、夜は翌日を気にしないで、思う存分君を啼かせたりとか…」
「おいこらっ! あんたばかり喜ぶプランばっかじゃないかよ」
 抗議の声に、ロイは至極真面目な顔で頷く。
「勿論だろ? 私が君に甘える計画を立ててたんだから」
 そんな事を平然と言ってくる十四歳年上の恋人に、エドワードも脱力と降参をする。
「わかった…、んじゃ、それはまた、戻ってきたら、少しずつ叶えるって事で…」
 そのエドワードの言葉に、現金にも途端笑顔を浮かべてくる。
「本当に? 約束だぞ?」
「う…、わかった、善処する」
「善処? 約束は?」
「・・・・・・ わかった、約束する」
 引きそうも無いロイに、エドワードも仕方ないと了承をする。
「じゃあ、今回は諦める」
 そう言いながらも、不満そうな様子は隠せない子供な大人のそんな態度に、エドワードは漸く胸を撫で下ろす。
 またしても、ポテリとエドワードの胸に頭を伏せたロイは、深いため息と共に、最後の足掻きを漏らした。
「行きたくない…」と。
 

 前夜の和解は何だったのかと思うほど、ぶり返してごねる相手を叩き起こして、
 食事を取らせて、荷物を手渡す。
「ほら、これ! もう、ハボック少佐が迎えに来てんだから、サッサと出る!」
 後ろから追い立てるように玄関に連れて行くと、事情のわからないハボックが、
 怪訝そうに二人の様子を窺っている。
「どうしたんっすか、中将?」
 そのハボックの問いかけに答えもせず、黙り込んだまま、さっさとハボックを置いて車に向かう様子に、
 面食らったように、エドワードを振り返り、視線で問いかけてくる。
「ごめん、俺、学校が入っちゃって…さ」
 気まずそうなエドワードのその一言に、全てを理解したハボックが、大層な嘆息を吐き出す。
「な~る。 そりゃ、あの様子だわ」
「そうなんだ、昨日の晩から、あんな調子で・・さ」
 苦笑しながら、ハボックに頭を下げる。
「わかった、気にすんな。 あの人の事だ、任務にはそれなりの愛想も見せるさ」
「ん…、宜しく」
 二人がそんな会話をしている間にも、さっさと車に乗り込んだロイが、窓を下ろして叫んでくる。
「何をしているハボック! さっさと出かけるぞ!」
 ロイにしてみれば、こうなれば自分だけでも、さっさと行って、戻ってくる気なのだろう。
「はいはい、直ぐ行きますって…。 じゃあなエド、任せとけ!」
 そう明るく了承して、走るように車に向かう青年に、エドワードは深く頭を下げた…心の中で。


 そして、すったもんだの騒ぎで送り出した後、エドワードは急ぎ足で大学へと向かう。
 門を入って広い校庭を進んでいくと、校舎の前の掲示板では結構な人だかりだった。
「おーエド! これ見ろよー!」
 不満そうな声に促されて、皆が溜まっている張り紙を覗いてみると…。

『○月○日予定のグループ中間発表は、後日に延期』

 と、デカデカと張り出されていた。 中止の理由が細々と書かれていたが、集まった生徒に詫びる文面はない。
「全くー、昨日いきなりの連絡に、四苦八苦して都合つけたら、これだぜ」
 不満の声が、あちらこちらと上がっている中、エドワードは茫然と一つの考えを浮かべていた。
『ロイの執念の凄さ…だな、きっと』
 ロイが関与したわけでは、幾らなんでもないだろうが、それならそれで、凄すぎる偶然だ。
 多分、どこかに居るかもしれない神様も、焔の錬金術師の怒りは買いたくなかったのだろう。
 
 その後、皆で遊びに繰り出そうと言う誘いを断り、振り切り、エドワードはそのまま手荷物も持たずに、駅へと走り出す。
 不機嫌に過ごしているだろう相手を思い浮かべながら…。


「中将! 大人気ない。 もう少し、周囲の人間に気を配る位はして見せて下さい。
 街の招待をしてくれた人々が、気にして帰って行ったではないですか!」
 街に着くと同時に、まずは挨拶をと詰め掛けた市政者の代表達は、ロイの愛想の無さに引いて、
 さっさとホテルから退散していったのだった。
 ロイの様子に堪り兼ねて、ホークアイが叱り付けるが、どうやらその程度では、
 反省出来ない処まで落ちている上司のテンションに、どうしたら良いのかと、小さな吐息を付いてしまう。
 困惑のホークアイの横では、備え付けの電話が鳴り響く。
 今の中将の様子では、誰が挨拶に来ても、芳しい関係は築けそうも無い。
 出来たら、暫くほっておいて、諦めがつく頃を見計らいたい処なのだが…。
「はい、そうです。 訪問者ですか…。 えっ、本当に? 風貌は?
 そうですか、解りました、すぐさま案内して下さい」
 ホテルのフロントからの連絡で、次の訪問者が来たとの事だ。
 明るい表情で上司を振り返り、キビキビと伝えていく。
「中将、次のお客様が来られるようです。 私の方は、兼ねての打ち合わせどうり、出かけさせて頂きます。
 皆にもそう伝えますので、中将は予定どうりの行動を宜しくお願いします」
 伝えるだけ伝えると、さっと敬礼をして部屋から出ていく副官の行動に、
 黙んまりを決め込んでいたロイが、慌てて引きとめようと振り向くが、
 そこにはパタンと音と共に閉じられた扉しか映ってこなかった。
「中佐…、何も、ほって行く事はないじゃないか…」
 自分は独りなのだ。 今後の予定と言っても、エドワードと二人だと思って組んでいた事ばかりなのに、
 独りで一体どうしろと…。
 最悪な気分に、最低の機嫌。 そんな時の来客になぞ、愛想良くしろと言われても、無理な事だ。
 トントンと軽やかなノックに、瞬間居留守を使おうかと過ぎったが、先ほど在室を伝えた後では、逃げるに逃げれない。
 渋々とドアへと近づいて、ロックを外す。
 ガチャリとお世辞程度に扉を開けば、後はさっさと部屋へと戻る。
「サンキュー、後はこちらでするから、戻ってくれていいよ」
 案内者に告げているのだろう声に、ロイは驚いて振り返ると。
「エドワード!!」
「ごめん遅くなって。 学校に行ったら、休校になっててさ、慌てて列車で追いかけたんだぜ」
 ヘヘヘと笑い近づいてくる相手に、ロイは信じられないとばかりに目を瞠って、驚きを顔中に表している。
「遅くなってごめんな」
 そう言いながら、回された腕の温かさに漸く、実感だ得れる。
「そうだ…な。 遅れた分は、うんとサービスしてくれ」
 嬉しそうな微笑と共に、そんな事を告げてくる。
「あんた昨日から、そればっかり」
 苦笑で返された言葉にも、ロイは勿論と笑って頷く。
「甘えたなものでね…」
「…仕方ないな」
「そう、仕方ないだろ?」
 そんな風に交わす合間にも、二人の距離は近づいていく。

 少しだけ遅れたバカンスは、その分喜びを大きくして戻ってきた。
 まだまだ2日あるのだ。
 二人でやろうと考えたプランは、沢山ある。

 もう少しだけ、再開の時間を味わったら、早速試してみよう。
 まずは、手を繋いで、夕暮れの街を散策しよう…二人で。




 ~ 『愛の証』 ~




「ほら、じっとしていて」
 囁かれた言葉と同時に、ひんやりとした感触が、エドワードの身体を強張らせる。
「大丈夫だから…。 私に任せて」
 そんな言葉にも、エドワードは戸惑いの色を瞳に浮かべて、ロイを見上げる。
「で、でも…、俺、初めてだし…。 あんただって…、初めてだろ?」
 躊躇いがちに聞かれた事に、ロイも困ったような笑みを浮かべる。
「そうだ…な。 初めてではあるが、何とかなるさ。 君が協力してくれるなら」
「きょ、協力って言われても、何すればいいか、わかんないし…」
 伏せられた睫が、エドワードの戸惑いを映すように震えているのが、
何とも可憐で、ロイのハートに大きな矢が刺さる。
「大丈夫、君はじっとして、私に身を任せさえしていればいいからね」
 優しく耳たぶを撫でながらの、ロイのその言葉に、エドワードも決心をしなのか、コクリと頷く。
「痛くしないでくれよ…な」
「ああ、出来るだけ優しくするつもりだ。
 痛いのは本の少しだから、我慢して…」
 そう告げられながら、湿った感触が何度も何度も、様子を探るように伝わってくる。
「くすぐったいよ」
 身を捩り、そう伝えてくるエドワードに、ロイが宥めるように撫ぜてくれる。
「薬を用意し忘れたからね、代用だ我慢して」
 ピチャピチャと響く水音が、妙に気恥ずかしくて、エドワードは固く目を瞑る。
「じゃあ、そろそろ行くよ?」
 その言葉に、緊張の為か身体が高揚していく。 ドキドキと早鐘のように鳴り響く鼓動が、
相手に伝わらないかと不安になる。
 やわやわとした指の動きは、むずがゆさを生んでいく。
 溜まらず吐き出した吐息は、自分でも驚くほど熱い気がする。
 その瞬間、プツリと音が聞こえた気がして、痛みが襲ってくる。
「っつぅ!」
「痛いか? 済まない、入れてしまえば然程痛みは感じないはずだから、最初だけは我慢して」
 そう告げながら、紅く浮き出た血の珠を嘗めとってやる。
「君の味だな」
 嬉しそうな声に、エドワードの頬が紅潮する。
「そんなもの嘗めるなよ! 不味いだろ!」
 顔を真っ赤にしての抗議は、可愛すぎて頬を緩ませるだけだ。
「そんな事は無いよ? 君が流しているものだと思えば、愛しさが増すばかりだ」
「…ば、馬鹿っ…」
 そんな恥ずかしい事を、平然と告げるロイに、抗議の言葉も弱くなる。
「じゃあ、そろそろ入れるぞ?」
「さっさと、済ませろよ」
 痛むのか、眉を顰めてつれない言葉を吐きだす可愛い恋人に、ロイは小さく嘆息する。
「もう少し情感を持ってだな…。 折角の二人の絆の証なんだから…」
「恥ずかしい事ばかり言ってんなよ!
 あんたは入れるだけだから良いけど、俺は痛い思いしてなきゃいけないんだぞ」
「わかった、わかった。 出来るだけ、早く終わらせるから」
 もともと気の短い恋人だ。 痛みのせいか、普段より更に短くなっているらしい。
「じゃあ…」
 ゆっくりと持ち上げたモノを、目的の場所へと近づける。
 先端が少しだけ触れると、それだけでピクリと反応を返す相手が可愛い。
 出来るだけ痛みがないように、慎重に中に通していくと、その感触が気持ち悪かったのか、くぐもった声が漏れる。
「ああ、綺麗に入っていくね。 やはり、私の腕が良かったようだ」
 自分の仕事ぶりに自画自賛し、少しだけ血が滲んでいる箇所を、丁寧に嘗め取ってやる。
「…終わった?」
 片目だけ器用に開いて、尋ねてくるエドワードに、ロイはニコリと笑って返してやる。
「ああ、これでOKだ。 後は、傷が塞がるまでは、こまめに消毒するんだぞ?」
「えー、面倒くっせー」
「何を言う。 二人の絆を確固たるものにする為だ、それ位の努力がなくてどうする」
 ロイはエドワードの頤を掴んで、よく見えるようにと横に向かせ、綺麗に飾られたピアスを眺める。
「もう、あんたは何でも急なんだから!」
 定期報告に寄って、いきなりピアスを付けられたエドワードは、
少々ご立腹な様子だ。
「仕方ないだろ? 君が前もっての連絡をさぼるから、伝えることもできなかったんだし」
 まぁ、どちらにしろ伝えなかっただろう。 伝えれば伝えたで、嫌がって遠巻きにする可能性も大きい相手なのだ。
「ちぇー、こんなことなら、俺が大佐の耳に刺してやったのに」
 そうなのだ、ロイはちゃっかりと揃いのピアスを、専門の医者の手で付けて貰っている。
「何を言う。 不器用な君に任せたら、私の耳が血だらけだ」
 そのロイの言葉に、盛大なブーイングが上がる。
「ええ~、それって俺を信じなさすぎだろ!!」
「いいや、君を良く理解し尽くしてるからこそ、わかる事だ」
 ギャーギャーと喚きながらも、幸せそうな二人の片耳ずつには、
愛の証としての血の結晶が嵌っている。
 ロイが自分の錬金術を駆使して、互いの血を凝固させ、強化クリスタルに収めて出来た特注品だ。
 止め具はプラチナ最高品で作り上げてもらってある。

 そんな二人の世界の端っこでは、声も出せずに小さくなっている、大きな姿が。
『どうでもいいんだけど、どうして僕がいる前でやるかなぁー』
 別に報告が終わってからでも良かったのではないだろうか?
 最初から今まで、ずっと座らせられ、事の成り行きを見させられていたアルフォンスの心境は、砂をバケツに2、3杯は吐きだしたい気分だった。
 しかも、どうにも妙な空気が漂っていて、不健全この上も無い。
『全く、見てなかったら、何やってんだと疑われても仕方ないよね。
 たかがピアスの1個付けるだけで、なんでああ妙な雰囲気を醸し出す必要があるのかなぁ…』
 感覚を感じない体のはずなのに、どうにもお尻の辺りがむず痒くて仕方が無かったアルフォンスだった。

 そんな弟の冷たい非難の声も、幸せなカップルには、全く、微塵も届きも、感じもされもしていないようだ。
 ついでに、付き合いきれずに出て行った事も…、気づかれもしていなかった…。

 愛の証は、疎外感を感じさせると、 
             そんな悟りを開いた、14歳の歳…。










  ↓面白かったら、ポチッとな。
拍手



© Rakuten Group, Inc.